ドサァッ!
ドゴォッ!
バッサァッ!
とか雪に夢中になっているうちに頂上は目前に。
基本的に冬は引きこもってしまう京産探検部は雪ですぐはしゃいじゃう。アホ。
霜柱がわらわらと生成されていたりして足元が賑やかだ。
水が岩の上を流れているうちに凍ってしまっている。
洗濯板のような氷になっていて、洗濯物を擦りつけたら氷が溶けて綺麗になるという、ハイブリッド仕様になっている。
天気もいいし風も穏やかだ。登山も捗るわー。
しばらく尾根線を歩いているとロープウェイの発着所の建物やら、スキー場の施設やらが見えてきた。
御在所といえばスキーである。
一生懸命雪に足を取られながら登ってきた僕達をあざ笑うかのように山頂では始業の準備が進んでいた。
雪かきも文明の利器で捗るー。
まぁ登ってきたことに意味があるのだからがっかりするのも程々にしておく。
探検部一の巨根。
コレがおまいら。
コレが理想。
茶番もそこそこにしよう…と思っていたら福Iちゃんがおもむろに氷柱を持って
ユニコーン福I。やっぱりどこか輝いている!
山頂付近で一枚。あへーっ
ここで、僕のデジカメに「パノラマ撮影モード」なるものがあることを思い出し、やってみた。
途中までは良い感じなんだけどな…
最後の一踏ん張り。
山頂に到着!!!
伊勢湾がドーン!隣の鎌ヶ岳がドーン!と見渡せる。
開放感と達成感に包まれたなら、次に襲ってくるのは…
もちろん食欲でしょ!
黒糖コッペパンにカッチカチハンバーグ(チーズが乗ってる)。うまい!
パンと肉塊を両手に持って、交互に頬張りあたりの景色を眺めるという最高のひとときを過ごしていると真っ白、真っ青な視界に何かが入ってきた…
あれ…人…!?
ゲーンジューミーン!
原住民シリーズはどこから始まったのかと思えば2011年無人島。
パンツ一丁、血だらけ包帯ぐるぐるの素足、身の丈ほどある火弄り用の棒、といった完全に原住民スタイルの部長山Gが始まりでいろんなところで脱いでくれる。
毎回このだるんだるんの原住民漂流物パンツを履いてきてくれるのが流石であるとしか言いようが無い。
あんま裸で放置しておくと「寒い」と怒り出す。
例のイマイチパノラマも使ってみる。一応。
雪の反射が眩しい。サングラスを持って来るべきだった。
カモシカやらうさぎに思われる足跡がたくさん残っていた。
雪の道をズブズブ踏みしめて進むのはなかなか体力がいる。
下り+雪で案の定足がプルプルしてくる。
が、見渡せば絶景なのだ。
岩の上にも3年という言葉があるが、無理。寒いしケツが割れるし2泊ぐらいが限界。
は、橋…
帰り道は裏登山道とは違うルートで帰る。
閉鎖中のスカイラインの横を何度か通るような道で、汗だくのチャリラーを見つけては励ましていく。
みんなくっそ高いロードに乗ったおっちゃん達。休みの日に車で近くまで来て爆走。いい趣味だわほんと。
たまらん…とてもじゃないが登りたいとは思わない
車までもう少し。ロープウェイを見上げながら
トンネルを抜ければ下山完了だ。何故か肩を組みたくもなってしまう。
車に到着し、荷物を下ろす。
どわっと疲れが押し寄せてさっきまで登っていただろう山の方向を見つめる。
ロープウェイでラクラクと登る人が視界に入ってあんまり気持ちよくない!
まぁそれを抜いても今回の登山はかなり楽しかった。
御在所の麓には湯の花温があり、疲れた体をすぐに回復できる。
伊勢の街を見渡せる露天風呂にどっぷり浸かりながら御在所岳からの景色を思い出す。
タハーッ!湯から上がりたくないでござる!!!
ギュギュッと風呂上りのラムネを飲み干す。
畳にだらぁとだらし無くなってしまった足を投げだしながら思うのだ。
春休み…今日までじゃん!
明日から授業…ッ!?
それでも探検部員は笑う。春休みを締めくくる合宿は空も心も晴れ晴れなのだった。
お疲れ様でした
余談。
気分をよくした園Dが「久しぶりにスガキヤでラーメンが食いたい」と言うので食べに行くことに。
帰り道にある滋賀県のピエリに入っているらしい。
これが福Iちゃんのお腹の調子まで狂わす地獄ピエリの始まりだったとは、このとき誰も知る由もなかった…
様子がおかしい。人がイない。
というかテナントが無い。どこも開店準備中という醜い言い訳が書いてある。
テナント6つぐらいを豪華に使って絵画たたき売りがやってる。モネちゃんも半額。
楽しくない。
エレベータも1機しか動いてない。
無限に席が余るフードコート。フードコートのテナントも半分は死滅している。
ラーメンはウマイ。アイスに炊き込みご飯もつけて590円也。でも7人で食べてるのに寂しいのはなぜだろう。
ゴーストレストランタウンのキッズコーナーではカリオストロの城が流れている。無駄に渋い。
琵琶湖を眺めようと思うと、ピエリの行く末であろうびわ湖タワーが見えて、さらに物悲しくなる。
サッサと帰ろう、と満場一致の決断でピエリを後にしたのだった。
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